DXは何から始めるか|着手する部門の決め方と、成果につながった順序
DXをやると決めた。ただ、社内のどこから手をつければよいのか決まらない。この状態は珍しいものではありません。すでに省力化投資に踏み出した会社を対象にした公的調査でも、次の一手が決まらないことが最も多く挙がっています。ここでは「まず現状分析から」といった一般論ではなく、実際に他社がどの部門から着手し、どのツールを入れ、何をしたときに効果を実感したのかを、2026年版中小企業白書の調査データで確かめます。そのうえで、自社が最初に手をつける業務を選ぶための3つの判断軸を示します。
DXの次の一手が決まらないのは、何が原因なのか
2026年版中小企業白書に、参考になる調査があります。すでに省力化投資に取り組みながら、AI活用にはまだ至っていない事業者に理由を聞いたところ、「活用する業務がイメージできていない」が63.4%で最も多く、「必要な予算を確保できない」は13.8%で第5位でした(n=3,888・複数回答)。この層はすでに投資に踏み出しているため、予算や体制の壁を一度は越えています。それでも次の一手が決まらずに止まっている、と読める結果です。
DXが進まない理由として、多くの経営者がまず挙げるのは予算と人材です。ところが実際の調査結果は、それとは違う順位を示しています。
AIを業務で活用していない理由
| 理由 | 割合 |
|---|---|
| 活用する業務がイメージできていない | 63.4% |
| 活用を推進する人材が不足している | 40.0% |
| 社内ルール・ガイドラインが整備されていない | 26.2% |
| セキュリティ・情報漏えいへの不安がある | 14.5% |
| 必要な予算を確保できない | 13.8% |
| 必要性について従業員の理解が得られない | 9.4% |
| その他 | 7.5% |
1位と2位の差は20ポイント以上あります。「使いどころが分からない」が突出しており、この状態のまま予算を積んでも、着手先は決まりません。逆に言えば、対象業務が決まると、この調査で最も多く挙がった障害は小さくなります。
この設問は、2019年以降に省力化投資へ「取り組んだ」事業者のうち、AI活用には「取り組んでいない」と回答した層に限定して聞いたものです。デジタル化に未着手の企業を含む全体の分布ではありません。すでに何らかの投資をしている会社の中での順位、として読んでください。
中小企業庁「2026年版 中小企業白書」第2部 第2章 第2節 労働投入量の最適化(第2-2-92図)
予算の水準そのものをどう決めるかは、別記事で扱っています。本記事では金額には立ち入りません。
実際にDXが進んでいるのは、どの部門か
AI活用に取り組んだ事業者を部門別に見ると、活用が進んでいるのはバックオフィス部門で73.4%、次いで営業・販売・顧客対応部門が68.2%、製造・生産管理・物流部門が57.2%でした。この調査では、経営者が最初に思い浮かべることの多い製造現場の活用率が、3部門の中で最も低くなっています。着手先を決めかねている場合、他社が先に成果を出している順に沿うと、参考にできる事例と手順が多く残っています。
「DXで現場を変える」という言葉から連想されるのは、製造ラインや物流の改善です。ところがこの調査での活用状況は、その逆の順序でした。
| 部門 | 活用している | 必要性は認識しているが活用に至らず | 必要性を認識しておらず活用せず |
|---|---|---|---|
| バックオフィス部門(n=1,577) | 73.4% | 20.9% | 5.7% |
| 営業・販売・顧客対応部門(n=1,605) | 68.2% | 24.9% | 6.9% |
| 製造・生産管理・物流部門(n=1,210) | 57.2% | 31.2% | 11.6% |
製造・生産管理・物流部門は「必要性は認識しているが活用に至らず」が31.2%と最も高く、「必要性を認識しておらず」も11.6%で他部門の2倍前後あります。必要だと分かっていても着手できていない、という状態がここに集中しています。
理由は業務の性質にあります。製造現場の業務は会社ごとの固有性が高く、設備や工程に合わせた作りこみが要ります。一方、経理・給与・勤怠・契約といったバックオフィスの業務は、どの会社でも手順が似ています。似ているということは、既製のツールがそのまま使え、他社の事例も参照できるということです。
この部門別データは、AI活用に「取り組んだ」と回答した事業者に限って聞いたものです。また「該当部門はない」と回答した事業者は集計から除かれています。
実際に導入されているツールは何か|イメージと実態の差
中小企業が導入しているITツールは、クラウド会計・給与計算が69.4%で最も多く、勤怠管理・シフト作成が46.9%、電子契約・電子請求書が35.5%と続きます。一方、CRM・SFAは8.2%、マーケティングオートメーションは3.4%、BIツールは1.9%にとどまります(中小企業基盤整備機構の調査・有効回答1,668件)。DXという言葉から連想される顧客データ活用やデータ可視化は、実際にはほとんど導入されていません。
前章の部門別データと同じ傾向が、ツールの導入実績にも表れています。
| ツール・サービス | 導入している企業の割合 | 主に使う部門 |
|---|---|---|
| クラウド会計・給与計算 | 69.4% | バックオフィス |
| 勤怠管理・シフト作成ツール | 46.9% | バックオフィス |
| 電子契約・電子請求書 | 35.5% | バックオフィス |
| RPA(定型業務自動化) | 11.1% | 部門横断 |
| チャットボット(顧客・社内問い合わせ) | 9.2% | 顧客対応・社内 |
| CRM・SFA | 8.2% | 営業・販売 |
| マーケティングオートメーション(MA) | 3.4% | マーケティング |
| BIツール | 1.9% | 経営・部門横断 |
上位3つはいずれもバックオフィスの定型業務で、法令改正や制度対応が絡むため、自社で作りこむ必要がありません。対してBIツールの1.9%という数字は、データを集めて可視化するという段階に到達している中小企業がごく一部にとどまることを示しています。
順序として読むなら、可視化は着手点ではなく到達点です。可視化するデータは、日々の業務がデジタルで記録されて初めて生まれます。記録の仕組みがない状態でBIツールを導入すると、入力する手間だけが増えます。
この調査は(独)中小企業基盤整備機構が2025年11月〜12月に実施したもので、有効回答は1,668件です。「全社的に導入している」「一部の業務で導入している」と回答した企業を集計しており、複数回答のため合計は100%になりません。
中小企業庁「2026年版 中小企業白書」第2-2-94図(原調査=中小企業基盤整備機構「中小企業のAI等の利活用に係る実態調査」2026年)
着手する業務は、どう選べばよいのか|3つの門
最初に手をつける業務は、重要度の高さではなく、以下の3点を満たすかで選びます。第1に毎日または毎週くり返し発生すること、第2に自社固有の作りこみが要らないこと、第3に間違えても取り返しがつくこと。この3つを通る業務は、短期間で効果が測れて、失敗しても損失が小さく、社内に成功体験が残ります。重要度の高い業務から始めると、固有性が高く検証にも時間がかかるため、成否の判定にたどり着く前に止まります。
前章までのデータは「他社がどこから始めたか」を示しています。ただ、自社のどの業務を選ぶかは、自社の中身を見ないと決まりません。判定には3つの門を使います。
- 第1の門|頻度:その業務は毎日または毎週くり返し起きるか。月に1度の業務は、改善しても効果が積み上がるまでに時間がかかり、判定に1年を要する
- 第2の門|固有性:その業務は他社と同じ手順か。経理・給与・勤怠・請求のように制度で手順が決まっている業務は既製ツールがそのまま使え、作りこみの費用も期間も要らない
- 第3の門|可逆性:間違えたときに取り返しがつくか。誤りが顧客や決算に直接届く業務は、検証の手間が削減効果を上回る。まず社内で完結する業務に絞る
3つの門を通った業務が複数ある場合は、そこに費やしている時間が長いほうを選びます。AIを活用した事業者が挙げた目的は「業務時間の節減」が84.5%と突出しており、次点の「人手不足の解消」40.5%、「業務の属人化解消」40.1%を大きく引き離しています。時間が消えている場所を選ぶことが、目的とも合致します。
| AIを活用する目的 | 割合 |
|---|---|
| 業務時間の節減 | 84.5% |
| 人手不足の解消 | 40.5% |
| 業務の属人化解消 | 40.1% |
| 意思決定の迅速化 | 26.8% |
| 人件費の削減 | 24.5% |
| 品質の均一化 | 23.3% |
3つの門は、最初の1件を選ぶための基準です。2件目以降は社内に手順と経験が残るため、固有性の高い業務や現場の業務へ広げる判断ができます。最初から難所を選ばない、という順序の話として使ってください。
効果を出した会社は、着手のときに何をしていたか
ITツールの活用で効果を実感した事業者が、効果を高めた取組として挙げた1位は「現場からの意見収集」で50.3%、2位が「段階的な導入」36.1%、3位が「従業員への研修・勉強会」32.9%でした(n=3,406・複数回答)。上位はいずれもツール選定や制度設計ではなく、使う人を巻き込む行為です。着手の順序を決める段階で、対象業務の担当者に話を聞くところから始めると、その後の定着に効きます。
どの業務から始めるかが決まったら、次は進め方です。効果を実感できた会社が「有効だった」と振り返った取組には、はっきりした偏りがあります。
| 効果を高めるために有効だった取組 | 割合 |
|---|---|
| 現場からの意見収集 | 50.3% |
| 段階的な導入 | 36.1% |
| 従業員への研修・勉強会 | 32.9% |
| 推進チーム等の設置 | 25.0% |
| マニュアル・FAQの整備 | 19.0% |
| 活用事例の社内での横展開 | 18.9% |
| 支援機関の活用 | 11.7% |
| 成果指標の設定 | 6.5% |
| 特にない | 8.3% |
上位3つは、いずれも導入する前後で人に働きかける行為です。「段階的な導入」が2位に入っている点も、3つの門で最初の1件に絞る考え方と重なります。
この設問は、ITツールの活用に取り組み、その評価が「想定を超える効果が得られた」または「想定した効果が得られた」だった事業者に限って聞いたものです。「成果指標の設定」が6.5%であることは、成果指標が不要であることを示すものではありません。効果を実感した会社が振り返って挙げた順位では、指標の設定より現場の関与が上位に来た、という読み方までが原典から言える範囲です。効果の測定そのものは別記事で扱っています。
着手順序を決めるとき、何をやりがちか
着手順序でよく起きるのは、全社一斉に始める、現場に聞かずにツールから選ぶ、最も固有性の高い現場から始める、1件目の成果が出ても横展開しない、の4つです。いずれも共通しているのは、最初の1件を「判定できる大きさ」に収めていない点です。効果を実感した事業者の上位2つが現場からの意見収集と段階的な導入だったことは、この裏返しとして読めます。
前章までの順序に沿わない進め方には、いくつか決まった型があります。
| やりがちな進め方 | 何が起きるか | 代わりに置く判断 |
|---|---|---|
| 全社一斉に始める | 問題が同時多発し、どの施策が効いたか判定できない | 3つの門を通った1業務に絞り、判定してから2件目へ |
| 現場に聞かずツールから選ぶ | 導入後に運用が合わず使われない。効果を高めた取組の1位が現場からの意見収集だった点と逆行する | 対象業務の担当者に、時間が消えている工程を先に聞く |
| 最も固有性の高い現場から始める | 作りこみに費用と期間がかかり、成否の判定前に息切れする | 第2の門(他社と同じ手順か)で、まず制度で手順が決まっている業務を選ぶ |
| 1件目の成果が出ても横展開しない | 個人の工夫で終わり、会社の生産性は動かない | 手順を残し、同じ型が使える業務へ広げる |
着手の順序と関係なく止まる原因も存在します。全社展開の責任者が決まっていない、経営課題と施策がつながっていない、といった構造的な失敗は、順序を直しても解けません。
構造的な失敗の型は「DX投資が失敗する10のパターン|Gartner48%データで読み解く構造原因と回避策」で扱っています。
着手する業務が決まったら、次はそれを誰がやるかです。社内でやるか外に出すかは、仕事を層に分けて考えると決めやすくなります。
体制の切り分けは「DXは内製か外注か|判断の3層と、副業・兼業人材という中間の選択肢」で扱っています。
着手した後、その投資が効いているかを見直す手順はハブ記事にまとめています。
そもそもDXが最優先の領域かを、どう確かめるか
着手する部門を決める前に、DXが自社にとって最初に手をつける領域かどうかを確かめておく必要があります。利益が伸びない原因が価格設計や人材の定着にある場合、どの部門からDXを始めても損益は動きません。無料の経営ROI診断(約5分)は、成長戦略・意思決定・組織実行・人材後継・DX業務・顧客市場の6領域を横断してスコア化するため、DXが着手すべき領域かを第三者のフレームで確かめられます。
本記事が扱ってきたのは「DXと決めた後、社内のどこから着手するか」です。その手前にある「6つの経営領域のうちどれから手をつけるか」は、別の判断になります。
無料の経営ROI診断(約5分)では、自社に近い経営者タイプと、最初に着手すべき領域を確認できます。部門の順序を詰める前に、領域の順序を照らし直す材料として使えます。
よくある質問
- Q. DXは何から始めるのが正解ですか?
- A. 一律の正解はありませんが、AI活用に取り組んだ事業者を部門別に見ると、活用が進んでいるのはバックオフィス部門で73.4%でした。導入実績でもクラウド会計・給与計算が69.4%と最多です。自社の業務を選ぶ際は、毎日または毎週くり返し発生するか、他社と同じ手順で既製ツールが使えるか、間違えても取り返しがつくか、の3点で判定してください。この3つを満たす業務は短期間で効果を測れて、社内に成功体験が残ります。
- Q. 製造現場から始めてはいけないのですか?
- A. 始めてはいけないわけではありませんが、1件目には向きません。この調査でAI活用に取り組んだ事業者の部門別回答では、製造・生産管理・物流部門の活用率が57.2%と3部門で最も低く、「必要性は認識しているが活用に至っていない」が31.2%と最も高い状態です。設備や工程に合わせた作りこみが要るため、費用と期間がかかり、成否の判定にたどり着く前に止まることがあります。社内に手順と経験が残った2件目以降で扱うほうが進みます。
- Q. まず成果指標(KPI)を決めるべきではないのですか?
- A. ITツールの活用で効果を実感した事業者に限って「効果を高めるために有効だった」取組を聞いた設問(n=3,406)では、成果指標の設定は6.5%で下位でした。ただしこれは成果指標が不要という意味ではありません。同じ調査で1位だったのは現場からの意見収集(50.3%)で、着手の段階では指標の設計より、使う人を巻き込むことのほうが効いた、と読める結果です。指標そのものは、投資判断や継続可否を決める場面で必要になります。
- Q. 小さく始めると成果が出ないのではありませんか?
- A. 1件目の目的は、成果の大きさではなく「効果を測れる状態をつくること」です。ITツールの活用で効果を実感した事業者に限って有効だった取組を聞いた設問(n=3,406)でも、2位が段階的な導入(36.1%)でした。全社一斉に始めると問題が同時多発し、どの施策が効いたのか判定できません。判定できた1件を手順として残し、同じ型が使える業務へ広げる順序のほうが、最終的な範囲は大きくなります。
- Q. 社内にIT人材がいなくても始められますか?
- A. 1件目については始められます。クラウド会計・給与計算や勤怠管理のように、制度で手順が決まっている業務向けのツールは、自社で作りこむ必要がありません。ただし、省力化投資に取り組みながらAI活用に至っていない事業者に限って障害を聞いた設問では「活用を推進する人材が不足している」が40.0%で2番目に多く挙がっています。効果を実感した事業者に限った設問(n=3,406)で、効果を高めた取組の3位が従業員への研修・勉強会(32.9%)だった点も踏まえると、外部から人を採る前に、対象業務の担当者が使える状態をつくることが先になります。
- Q. 予算が確保できない場合はどうすればよいですか?
- A. すでに省力化投資に取り組みながらAI活用に至っていない事業者に限って理由を聞いた設問(n=3,888)では、「必要な予算を確保できない」は13.8%で第5位でした。同じ調査で「活用する業務がイメージできていない」が63.4%と最多だった点を踏まえると、対象業務を決めることが先になります。そのうえで金額が問題になる場合は、既存のIT関連支出の棚卸しで原資をつくる方法と、補助金など外部資金を使う方法があります。予算の水準そのものの決め方は別記事にまとめています。
参照(一次情報)
本記事の数値は、以下の公的機関の白書および調査に掲載されたものを参照しています。各設問の母集団・調査時期・回答形式は本文中に記載しています。